南部の州は民主党支持だった?―Southern Strategy

 黒人解放を訴え、南北戦争の勝利を導いたリンカーン大統領は、共和党の大統領であったと聞くと、共和党にDEI(多様性、公平性、包括性、Diversity, equity and inclusion)やアファーマティブ・アクションの撤廃(Ending Radical And Wasteful Government DEI Programs And Preferencing – The White House)などを支持する人が多いことに関して疑問を感じるかもしれません。

当然のことながら、南北戦争後、戦争で負けた南部の人たちは、リンカーン大統領が所属していなかった党である民主党を圧倒的に支持していたのです。大恐慌を経験した民主党の大統領ルーズベルト大統領がニューディール政策を展開した際、南部の民主党支持者は、政府による経済政策の介入などについては指示をしていました。しかし、黒人に対する公民権を守ることには反対していました。

ルーズベルト大統領が亡くなり、民主党のハリー・トルーマン氏が大統領になると、軍隊の中での人種隔離を終わらせる旨の大統領令を出したり、黒人の公民権についても関心を示す等、南部の白人民主党支持者と異なる路線を歩むようになりました。こうして南部の民主党支持者と民主党との間に亀裂が見られるようになりました。その後、民主党のジョン・F・ケネディ大統領の働きかけにより、民主党のリンドン・ジョンソン大統領が署名した1964年公民権法が成立すると、その傾向は一層進み、南部の白人票を取り込もうとする共和党の動き(Southern strategy)も功を奏して、南部の州は徐々に共和党支持者に代わっていきました。

ちょっと話を単純にしてしまった感はありますが、このようにして、民主党支持だった南部の州は、完全な共和党支持の州に代わっていったのです。

これを理解すると、現在の2大政党の政治構造とスタンス、地域的な勢力図も納得がいくといういうわけです。

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